浅酌微吟

命よりも大切なもの、命に替えても守るべきものとは?それは日本民族固有の生き方であり、そこから生じた文化的価値である。そんな立場からその時々の思いを綴ります…更新はあくまでもマイペースで。

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ポツダム宣言の欺瞞(その三・完)

 

(承前) 日本は2発の原爆で万事休した。

前述したように、トルーマンは広島への原爆投下直後に嘘八百の声明―日本が最後通告を拒否したから投下したという声明―を発表した。実際には最後通告発出以前に投下命令は下されていた。

 

その前後関係を明らかにするため、7年後の195212月、シカゴ大学のケイト教授は任期満了直前のトルーマンに質問状を送った。教授が携わっていた戦史編纂に正確を期すためだった。トルーマンは気楽な気持で回答をしたためが、事の重大性に気づいた官邸スタッフは総力をあげて回答を練り直した。


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ポツダム宣言の欺瞞(その二)

【「ポツダム宣言」発出に至るまでの主な出来事】

     194311月…「カイロ宣言

米・英・支の三カ国首脳がカイロに集合。日本を無条件降伏させた後には、満州・台湾・澎湖諸島などの権益を中華民国に返還し、朝鮮を独立させることを合意。但し、その書面は三首脳の署名もない「Cairo Conference」という単なる「会議録」でしかなかった。有効性には疑義あり。

     19452月…「ヤルタ密約

米・英・ソ連の三首脳がヤルタに集合。ソ連の対日参戦と引き替えに千島列島、樺太の割譲と満州の鉄道港湾権益を引き渡すことを密約。

     19454月…ルーズベルト死去、新大統領にトルーマンが就任。

     716日…アメリカの原爆実験成功。

     717日正午…スターリンが「8月中頃、対日参戦する」旨を表明(「ポツダム会談」に先だつ顔合わせの時に)

     71717時~82日…「ポツダム会談」開催。

ポツダム会談」とは米・英・ソ連の三首脳がドイツ降伏後の欧州経営のあり方を討議するための会談だった。

     725日…原爆投下命令を発令。  

CABEGNUW.jpg  

これが投下指令書。25.July.1945の日付けで20th Air Force will deliver its first special bomb as soon as weather will permit visual bombing after about 3 August 1945 on one of the targets: Hiroshima, Kokura, Niigata and Nagasaki.」と書いてある。


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ポツダム宣言の欺瞞(その一)

 

今年4月、オバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界の平和と安全保障を追求する」旨の演説をして喝采を浴びた。核大国の大統領の、しかも実戦で核を使った唯一の国の大統領の言葉とも思えぬ。

 

「原爆投下が戦争を早く終わらせ、何百万人もの米国人と日本人の命を救った」というのが歴代米国大統領の見解ではなかったか?つまり、歴代大統領は核の抑止力を強調してきたのである。

その限りにおいて歴代大統領の見解は正しい。しかしオバマはそれを否定した。もしもオバマの絵空事が実現するようなことになったなら、この世は戦争の絶えない真っ暗闇の世界になるだろう。

 


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知恵遅れ、民主党!

 

1日付け産経新聞によると、民主党は政権を取ったら、閣僚や副大臣らの政策判断や指示などを原則として全面文書化し、公開する方針だという。それも最終決定事項だけを公開するのではなく、政策立案過程までを公開するのだという。

 


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大統領は国産に限る

 

オバマ大統領は本当にハワイ生まれなのか?ケニア生まれではないのか?

アメリカでは、今、こんな論争が巻き起こっているという。

 

というのは、合衆国憲法が「大統領になれる者は米国内で生まれた者に限る」と定めているからである。ところが、オバマは自身が主張するところの「ハワイ生まれ」のエビデンスを提示しない(出来ない?)のだという。

 


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